広重とピカソ

東海道五十三次が好き。今回はその中の箱根について。
前景の大きな山の思い切った配置,モザイクのようにカラフルな岩の配色,大好きです。

この色彩,輪郭線などが西洋に渡り,ゴッホなど後期印象派のアーティストに影響を与えたそうです。
この時代,西洋絵画では輪郭線がタブーでした。
輪郭線は面の組み合わせの結果,自然に出来上がるもので,わざわざ書くのは美しくないとされていました。
しかし,浮世絵の世界に傾倒したゴッホは「アルルの跳ね橋」でそのタブーを破るのです。ほら,跳ね橋の部分。

話を箱根に戻して。

中央の山,あまりにも奇妙な形で,モデルがどこか(なにか)話題になっていたそうです。
この絵を探していた最中にこんなページを見つけました。
詳細はリンク先を読んでほしいのですが,要は複数のアングルからの合成である,と。
これってピカソチックじゃありません?
ほら,「泣く女」とか。

広重が,このようにあの山を描いたなら,「東海道五十三次(保永堂版)」が1833年,「泣く女」が1937年なので,広重は100年進んだ人だったと考えることもできます。極端ですけど。

すごい!

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